32 危機(リスク)への対応 3

政治的危機、経済的危機、社会的危機

イグレン 加藤 文男

3 政治・経済・社会的危機
 
日本国内では特殊な危険地域に関する知識もあり、危険な時間帯や地域を避けるなどして危機に遭遇する機会を軽減することができる。海外ではこの土地勘も使えない。政治的背景、経済の変動、社会的な情勢の変化で発生する危機についての対応を検討する。

(1)政治的危機
 ソ連と米国の冷戦は終了し世界は平和に向かって進むと期待された。しかし、冷戦期間に存在した問題以上に大きな民族や宗教の違いによる紛争が世界各地に発生し、更に拡大する傾向を見せている。中近東の各国では、大都市近郊では行政の管理で安全を確保できるが、山間僻地まで警察や軍の目が届かない。山岳地域や国境近辺では治安の悪化は避けられず生命の危機にさらされる。特定の国や地域ではが危険が増している。危険な状態も刻々と変化を見せる。地域や国ごとの危険情報は外務省のホームページに最新情報が掲載されている。出発前に必ずチェックし、確認して出かけたい。
 また、日本では公の場所で特定の政治家を批判しても個人的な範囲では問題にならないが海外では異なる。特に飛行場など公の場所でその国の政治家を名指し、大声で批判することは避けた方がよい。空港内で政府を英語で批判し、逮捕されたという話もある。このような事例は企業内でも対面上極秘扱いで報告されない。一般的な注意事項として伝達されるだけである。

(2)経済的危機
 
経済的危機には、海外調達先や海外生産工場の国の制度改革や市場ニーズの大きな変動、金利の変動及び為替の変動が含まれる。制度改革は政治情勢の変化に影響されるので大きな政治的な変動があればその辺かである程度先読みすることは可能になる。
 金利の変動もその国の政策に変更に影響される。小さな国では、米国の政策に影響され、インドの周辺国である南西アジアでは、インドの経済政策に大きく影響があり、これらの影響の大きな国の政策を見ながら対応する以外に対応は難しい。
 
海外調達や海外生産など海外への事業展開は常に為替の問題が付きまとう。これを危機と考えるかそれとも事業のコストと考えるかはそれぞれの立場により異なる。個人であれば為替の変動による利益も損害も大きくなない。しかし、事業経営においては取扱金額が大きく為替の変動が大きな損失になることがある。毎月のように決済があり、その都度為替差益や差損となって表れる。海外工場の担当責任者になれば為替で利益を得ることもあるし、損失をこうむることもある。単年度で利益が出たからと喜んではいけない。為替の変動にある程度準備が必要になる。大きな経済の変動の中で利益を確保することになる。
 世界
の情勢を調査しデータを集めて分析している大企業や専門の金融機関でも将来を読むのが難しくあたらないことも多い。為替の問題は、的確に読むことが難しいと考えて為替で利益を拡大しようとか、損失を小さくしようとする考えをやめたほうが良さそうである。
 為替については、密接な取引関係の金融機関の情報を基に最も新しい情報で判断し、できるだけ早く決済するルールを決めてそのルール通りにすることである。少々決済のタイミングを変えて、一喜一憂するよりも為替は専門家に任せて、その時間を自分の専門とする分野の情報収集と分析、対策を考える時間に振り向けることである。ある程度の経済変動の危機による変動に耐えうる経営体質にする努力をすると同時に、市場のニーズの変動を読み、正確なマーケティング活動で新しい市場に対応できる新製品開発に企業の活動を集中することに尽きる。

(3)社会的危機
 宗教や習慣はその国で実際に生活して見なければ本当に理解できないことが多い。宗教や習慣の違いに戸惑うことが多く現地で経験した人たちでさえトラブルに巻き込まれる。日本の国内の常識では正しい判断はできない。最近海外を旅行した経験者によって多くの図書が出版されている。初めて出かける国については事前に読みある程度予備知識をもって出かけたい。ただし状況が最近大きく変わる国もあるので戸惑うことを最小限度に押さえるために危機の事例とそれぞれの対応策を挙げておく。この内のいくつかは情報を持ち、それを避けるのが対策であり、それ以外に方法はない。
宗教で休日が異なる
 
その一つは休日の違いである。日本を含む西洋の社会では土曜日、日曜日が休日の国が多い。その上欧州でも日曜日の労働禁止が徹底され、店も休日となり買い物に不自由することがある。イスラム社会では、金曜日が休日である。日本大使館では金曜日が休日となり日本の休日と合わせて3日間手続きができなく困ったことがある。更にそれぞれの国には国民の休日がある。正しい情報を把握しておきたい。
出国ビザがあり帰れない
 
ビザというと入国するための手続きと考えられるが出国ビザがあると聞いて驚かされたことがある。普通の短期間の旅行者には関係がないが労働ビザを入手し現地で働く駐在員などに適用される。当人が滞在中にその国で犯罪歴のないことを確認してから出国ビザを発給するという。急病など対応方法があるらしいが心配になる。
現地企業と異なる適用基準
 工場廃水による河川の汚染や二酸化炭素の排出が世界各地で発生し拡大している。海外生産では工場に対する排水や排ガス規制がある。中国では現地企業と日系企業など外資系企業では対応が大きく異なるらしい。法律そのものの基準は同じであるが地元企業に比較し外資系企業特に日系企業に対して規制を厳しく適用するという。感情的には理解できないことでもないが海外へ進出する企業に対する風当たりが違うことを知っておきたい。
特許権も当てにならない
 商標権、意匠権、特許権など知的財産権に関する問題が頻発している。特許を取得しておけば問題ないと思えるのは日本国内だけで海外、特に中国では管理が徹底されず、訴えても相手にさえしてもらえないことも多い。相手を見つけても会社を閉鎖して逃げてしまって取り締まることが事実上できない。中国では漢字を使った日本のブランドさえ、すでに登録済で日本企業が使えない実態が多々発生している。この問題では苦労をした日本人は多い。各種のセミナーにおける注意事項は丁寧にフォローしておきたい。
関税が通関する都市で異なる
 通関手続きなど同じ国の中でも都市間で差が生ずることさえある。手続きだけでなく、関税率が都市間で異なることもある。法律の改正が頻繁にあるために年ごとに通達が届くのが遅いことに原因がある。
賄賂がまかり通る税関
 製品を持ち込む場合、税関担当者が調べるのを面倒がって手続きを遅らせる。暗に賄賂を要求しているという。発展途上国によくあることだが、悪いと知りながら少々の金額で済ますことが出来れば通関の時間短縮になる。「渡すやつがいるからいつまでも改善されない」と言われるかもしれない。税関だけでなく、入国した後、行政の許可を得る場合に、地方公務員、税関、税務署員、警察官などから不当な手数料やそれとなく要求される賄賂など正当な手続きができない習慣に悩まされる日本人は多い。
 また、現地民間企業と行政機関職員の癒着で日本企業が不当な差別扱いされることも多い。最近これらの問題について相談できる専門の事務所や企業が新しくできていのでこれを利用することで早く解決できる。
衛生環境の危機
 現地の衛生状態の悪さも危機の一つである。衛生環境のよい日本で生活したものにとって病原菌に対する抵抗力は強いとはいえない。出張者や新しく赴任した日本人が下痢や腹痛に悩まされることは多い。殺菌された上水道に慣れた日本人にとって現地の水道水も原因となる。東南アジアではレストランで出された冷えた水も危険である。生野菜を洗浄した水が野菜に残っており、それを使ったサラダが原因で下痢になることもある。世界各地で飲料水のペットボトルが広く普及しているがこれも安心でき奈地域がある。
 中近東では大きなスイカに重量を増やすために水を注射器で注入することもあると聞いた。注入された水に細菌があって下痢になったと言う笑えない話しであった。これを避けるには現地の日本人社会の情報を得て対処することになる。現地の細菌によく利く強い薬品があるものだ。
最近抗生物質も効果のない新しい細菌が発見されている。国際貿易の拡大とともに人の国際間の交流は感染症に罹る頻度を増している。新型肺炎(SARS)の例はまだ記憶に新しい。O104とかO157という新しい細菌による食中毒も各地に発生した情報もある。新型インフルエンザの爆発的な流行(パンデミック)は日本以外の国でも発生の懸念がある。
 
西アフリカで発生したエボラ出血熱もそのひとつである。今まで発生のなかったテング熱が日本国内でも蚊が媒介する危機も発生している。これらの新しい病原菌は、その地域の情報を入手し、公的機関の指示に従がって対応することが最善である。
 大都市におけるスモッグなどによる空気汚染もそのひとつである。インドや中国、あの大都市がと思われるパリでも問題になっている。不要な外出を避けるとか、高級なマスクの使用など個人的に対応する以外に対策はなさそうである。
インフラの未整備
 
日本でも東日本大震災による原子力発電所のトラブルで計画停電が実施され驚かされた。道路・鉄道・港湾の交通インフラの未整備は、海外工場の生産の物流に支障を与えるだけでなく、地方への出張や移動さえも大きな影響がある。港湾や空港までのアクセスの悪さは、毎日のことで既にニュースではない。それによる遅れを計算して移動や運送するのを当然のことになっている。
 
産業の急速な発展により、需要が急増し、電力だけでなく、飲料水や他のエネルギーの不足も心配される。日常茶飯事なことで現地では特に異や危機として把握していない。日本企業が進出する場合これを危機として捉えて対応することを考える。
 
インフラ設備については、企業活動と個人の生活の両面で何が問題となるかできるだけ早く情報を入手しておきたいものである。
⑨ セクハラなど
 国内でもセクハラ、パワハラ、マタハラなど話題になり始めた。海外では、セクハラに対しては1990年代から厳しくなっていた。若い女性を国内にいるつもりで冗談として言ったことが問題にされる。ある時突然有能と将来を嘱望されていた社員が急に帰国した。最も能力を発揮できる北米担当から外れて中近東の担当になった。家庭の事情かと思っていたが海外出張の頻度は変わらない。赴任先の職場での冗談が不適当と判断され配置換えになったらしい。この種の話は、本人のことを考えて問題にせず穏便に処理される。もちろん社外にも漏れないように配慮される。有能でも社会的事情に合わす前に失敗を起こす社員もいる。

 
以上いくつかの危機の事例を挙げてきたが出かける国により驚くことが多い。海外市場への進出や海外工場の建設など海外展開では、これらの危機(リスク)情報を逐次入手して、常に最新の情報で対応することを考えておきたい。珍しい経験があればそれを外部に発信して同じ失敗を繰り返さないようにしたいものである。

掲載日:2017/03/28

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