イグレン 加藤 文男
欧米からの技術移転は、日本の戦後の産業復興にたいへん寄与した。また、日本から東南アジアへの技術移転もその発展に大きく寄与した。これらの技術移転であるが比較的安易に考えられ、あまり意識されずに多くの技術が移転されてきた。
欧米からの技術移転は、その反省と技術の知的財産権の重要性からプロパテント政策として採用された。また、現在中国では商標権が思いもよらない使われ方で日本企業に戸惑いを見せている。国の法律の問題であり、企業や個人では対策が難しい点もあるが知的財産権としての取り扱いに注意が必要である。
ここでは、技術移転の際考えられるロイヤリティの問題と秘密保持を取り上げておく。
1 移転される技術
広辞苑によれば、技術とは「科学を実施に応用して自然の事物を改変加工し人間生活に利用する技」と説明される。ここで取り上げる技術とは、製造に係る技術、仕事を行わせる機械技術、物質を生産する科学技術、情報を伝達する危機に関する電子技術や情報技術、更に農業技術などたいへん広範なものが含まれる。
製造生産に係る技術には、固有の技術、生産技術、管理技術、製造ノウハウなどがある。登録し、権利を主張できる特許権、実用新案権、商標権、意匠権などがある。製造現場で使われる具体的なものとして設計図、青写真、製造図面、製造指示書、製造仕様書、作業標準という形がある。これらの技術の中には具体的な資料として作成されていないものもある。しかし、これらのすべての技術は、企業で開発され、設計され、検証され、評価されて応用されるまで相当なコストを要している。
この技術は本来、相当高い価値ある資産として評価されるべき内容であるが国際調達、海外生産の過程で技術供与、技術指導、プラント輸出、各種のセミナー等においてあまり重要視されずに無頓着に、使用され、説明され、移転されてきた。
ここで国際調達や海外生産という活動の中できっちり評価し、正当な対価として受け取るべき価値として取り扱いなど注意しなければならない問題として整理しておく。
2 移転に伴うロイヤリティ
特許権、実用新案権など、技術移転の際技術の使用料として支払われるものがロイヤリティである。技術指導料やロイヤリティは、契約時にいろいろな条件を考慮に入れて設定される。ロイヤリティは支払いの仕方によって、次のようなものがある。
①イニシャルペイメント
最初に契約する際、一括して支払う権利金的性格のものである。
②ランニングロイヤリティ
実施期間中継続して支払う実績実施料的なものである。算定基準は、売上高、及び商品価格を採用することが多い。
③アドバンスロイヤリティ
技術の使用が行なわれるに当たり、一部、又は、全部を前もって支払うものである。
④ミニマムロイヤリティ
最低限度の実施料を保証させたものであるが専用実施権のみの場合、ライセンシーが不誠実で満足な成果(例えば、販売実績など)が上げられないとロイヤリティが期待できなくなるため、最低限度の金額や比率を定めておく場合に採用される。
これらの方法方にはそれぞれ利点欠点があり、いくつかを組み合わせて契約される場合が多い。本来、ロイヤリティについては、契約する当事者の合意で自由に決定できる。しかし、企業の海外工場に対するロイヤリティは、その金額や売上高に対する比率が大きい場合、資本関係によって企業の利益隠しと判断されることがあり、注意が必要である。
(2)技術移転の範囲
特許権など技術の範囲が明確になっている場合は問題が少ないが、製造技術やノウハウなどは文書に明確に表現することが難しい場合がある。ある企業が海外へ工場を設立する場合は、企業内技術移転となるのでランニングロイヤリティの考え方を採用することが多い。開発に要した費用をロイヤリティと表現でなく、指導料や管理料として回収する場合もある。
第三者への技術移転では、その範囲を出来るだけ明確にし、契約する。移転する側では、基本的にその範囲を狭くしたいし、受ける側では、できるだけ多くしたい。製品の設計図面などその内容が具体的に表現できる場合もあるが生産技術や管理技術は、図面などの表現することが難しい。技術移転の範囲及びその内容と価値を適正に表現し、技術移転リストを作成し、ロイヤリティの交渉を開始することが望ましい。
(3)特許権などの使用制限
欧米のメーカーの特許権に対する制限は厳しいことを経験した人は多い。高額な権利使用料を支払いながら、販売制限(例えば、地域の限定)の為にその費用を充分回収できない例は多い。契約に慣れていない日本企業が特許権に対する使用料やロイヤリティは、明確にされるが、その権利を使用した製品の販売地域も制限することを忘れることがある。短期間に手強い競争相手になると想定しないことがその理由であるが近年の東南アジアの製造技術の進歩は目覚しいものがあり、思いもかけないところで驚かされることがある。その国からの輸出を禁止する条項や協議事項に入れておくことを怠ってはならない。
(4)秘密保持
特許権、商標権など法律で守られる権利については、公開されるので内容は明確になる。製造上の技術やノウハウは、一度開示されると元には戻らない。一度その内容が理解されてしまうと記憶から消すことができないので二度とその技術やノウハウは交渉に使えない。また、技術移転と意識されずに秘密が漏洩してしまう場合もある。
① 工場見学での注意
工場見学は特に注意が必要である。写真撮影は一切お断りしたほうが良い。最近解像度の高いカメラで撮影されると相当細部まで分析が可能と言われる。貴重な企業秘密がないことも重要な企業秘密である。企業秘密がなくても撮影をさせてはならない。
半導体工場や化学工場では、見学ルートを指定し、制限する。ちょっと見たところでは、ノウハウが見ることができないと思われがちであるが、見る人が見れば、貴重なノウハウが見つけられる。機械組立や配線組立など工程では、企業秘密にする工程をさりげなく迂回するなど詳細を観察できないように案内する。貴重なノウハウを使用している部分は可能であれば別工程にする。
また、生産ラインへの見学者はその身分を確認する。自社の海外工場の場合、見学者も素性が明確であるが、その企業が成功すると色々なルートでの見学要請が出てきて断りきれないで苦労している例は多い。知らずに競争相手の技術者が見学者に含まれていることがある。企業への技術移転は、その企業が競争相手になる可能性もある。技術やノウハウの漏洩に注意をし、ある程度は外部への漏洩は覚悟すべきであろう。
昔、ブーメラン現象と言って技術移転をした相手国がその技術水準を上げ、その技術を使った製品を逆輸出してくることを意味していた。最近では繊維産業を始めとして、家電製品から半導体産業までこの言葉が死語になるくらい当然のことになってしまった。
日本もかつて欧米企業の工場見学で多くの技術を学んだといわれた。開発途上国への技術移転は、国家間の産業協力政策として行なわれることも多く、先進国の宿命であろう。
② 会議や懇親会における注意
技術者や工場関係者が多く出席する会議では、雑談の時の会話に注意が必要である。出席者の得意な分野や開発した内容については自慢話としてうっかり話題にしてしまう。特に質問されると更に得意になって企業秘密まで漏らしてしまう。海外で会食に招待されると開放的になり、意識せずに話をしてしまうことがある。新製品や新技術に関する話題には特に注意をする必要がある。海外出張者には、企業秘密を守るために話題に気を付けるように渡航前に注意をすることを怠ってはいけない。
③ 展示会での説明
展示会の説明員から企業の企業秘密や大切なノウハウが漏れることは多い。日本語の理解できる外国人が国内の展示会において日本人技術者同士の会話に耳を傾けている。説明担当者は、秘密を漏らしたという意識はないが話の内容で漏れてしまう。展示コーナーにおける説明は誰でも聞くことができるので注意が必要である。重要な話については、後日の訪問で説明するとか商談コーナーでの説明に上手に誘導することである。商談コーナーの存在意味を説明員に十分説明し理解させることが必要である。